カテゴリー: NARUTO短編

○優しい狼(イタチ)

 珍しくなかなか眠りに落ちることの出来ない名前は、思い切って布団を出た。向かうはキッチン。温かな飲み物でも飲めば、リラックスして眠れるだろうと思った。リビングからは光が漏れていて、誰かが起きているのがわかる。中に入ると、イタチと鬼鮫が酒を飲み交わしている所だった。

「あれ、二人共寝れないの?」
「いや…少し飲んでいただけだ。名前こそ、どうした?」
「うん、私もなんだか今日は寝付きが悪くって」
「では、私はそろそろ」

 鬼鮫はすっと椅子から立ち上がり、鮫肌を片手に部屋を出て行ってしまった。
 コップに数センチ残った酒を見て、名前は瞳を輝かせる。

「お酒、私も一口飲んでみたい! 鬼鮫、もう飲まないんでしょ? もーらいっ!」

 名前が鬼鮫の飲み残しに手を伸ばすと、サッとイタチはコップを取り上げた。

「これは酒だ。未成年の名前に飲ませるわけにはいかないな」
「えー、ちょっとくらいいいじゃん! イタチのケチ!」
「今ホットミルクを作るから待っていろ。名前はそれを飲むといい」
「ぶー、また子供扱い…」

 名前は不服そうに頬を思い切り膨らます。イタチはニコッと笑って、その頬を押して中の空気の行き場をなくした。「ぶ」と名前の口から空気が漏れる。

「酒は大人の嗜みだ。名前は後二年、だな」

 満遍なく温まるよう、レンジではなく鍋で温めたホットミルクを、名前の前に差し出す。名前はさっそく口をつけて、程よい温かさのホットミルクを堪能した。

「でもイタチがお酒を呑むなんて、ちょっと意外だなあ」
「俺だって嫌なことがあった日くらい…あ」

 イタチが珍しく口を滑らせ、更には表情にも出てしまった。普段のイタチなら考えられないことだ。それだけ、名前に心配をかけたくないということではあるのだが。

「イタチ、嫌なことがあったの?」

 イタチは今日も病のせいで吐血をしていた。それも大量にだ。死期が近いと自分でも感じた。そんな夜に酒を呑むことに鬼鮫は難色を示したが、残り少ない命だと言えば渋々了承し、共に飲んでいたというわけだ。

名前が心配することじゃない。俺なら大丈夫だ」

 心配しては、いつも柔に微笑むイタチを名前はいつも心配していた。

「いつもそうやって私には何も教えてくれない…。私ってそんなに頼りないかな? 私がイタチみたいに強くないから?」
「俺だって強くはない。…体調が少し優れないだけだ。でも、心配はいらない」
「なのにお酒飲んでたの?! ダメじゃない、そういう日はちゃんと寝ないと! もう寝なよ。私もホットミルク飲んだらすぐ寝るから」

 名前がイタチの顔を覗き込みながら、ふくれっ面で言う。イタチはじっと名前の瞳を見つめた後、優しく彼女の頭を撫でた。

「あー! また子供扱いして…。私が言ってるのは至極当然のことなんだからね!」
「はは、そうだな。だが…今晩一人で眠るのは、少し…寂しいものがあるな…」

 イタチの長いまつげが伏せられる。吐血をした日の晩は、いつもそうだった。サスケに万華鏡写輪眼を開眼させるまで、死ぬわけにはいかない。だが、病に蝕まれ吐血を繰り返すと、ふと不安になって一人でいることすら怖くなってしまう。
 名前は憂いを帯びたイタチを見て、このまま放ってはおけないと思った。

「なら、一緒に寝ようよ」

 イタチは耳を疑った。自分を心配してのことだとは理解している。だが、名前の言葉が信じられなかった。
 名前は暁の言わばマスコット的存在。そんな彼女に好意を抱いていないといえば嘘になる。イタチは自分の命が尽きるまで、サスケの次に守っていきたい存在だと思っていた。

「しかし…名前、それは…いいのか?」

 男の部屋に来るという覚悟が、名前にあるのか。定かではなかったが、名前は「私だって一人で寝たくない時はあるよ」と笑った。行こ、と先にリビングを出て行く名前の後ろ姿を追いながら葛藤した。

「(俺だって男だ…。名前、同意の元とみなすぞ…?)」

 部屋に到着し、厳重な封印を解いて中に入る。初めてイタチの部屋に入った名前は、本棚いっぱいに並べられた忍術書を見て「うわ、凄い」と感嘆の声を上げた。

「読むか?」
「お勉強キラーイ。さ、寝よ?」

 イタチの手首を掴み、布団に入る名前とイタチ。イタチの布団は太陽の匂いをめいっぱい吸い込んでいた。

「おひさまの匂い。イタチの匂いだね」

 名前は掛け布団を被り、目を閉じた。ホットミルクのお陰で体も温まったし、すぐに眠れるだろう。早くも睡魔が名前を襲った。

「…ん?」

 顔に息がかかり、名前は目を開ける。名前の目に飛び込んできたのは、イタチの顔だった。

「わ! びっくりした! ど、どうし…んっ?!」

 イタチは優しく名前の唇に自身の唇を押し当てた。名前を優しく包むような、愛に満ちた口付けだ。

「イタ…チ? どうしたの…?」

 かなり驚いている様子だが、名前にとっては当然のことではなくとも、イタチにとっては至極当然のことだ。イタチは優しいほほ笑みを浮かべる。

「…嫌か?」

 そう問いかければ、名前は「嫌じゃないけど…」とは言うものの、困惑は隠せないようだ。イタチは名前が戸惑っているのを理解したうえで、そうか、と一言発した後口付けの嵐を降らした。ちゅ、ちゅと角度を変え、啄むような甘く優しい口付け。

「ん…ふぅ」

 艶めかしい声は、普段の名前からは想像もつかない。きっと「みんなの名前」である彼女のこんな声を聞いたのは、イタチが初めてだろう。そう考えると興奮もひとしおだ。唇を塞いだまま、名前のシャツの中に手を入れると、名前は身をよじって軽く抵抗した。

「ん~!!」
「夜中に男の部屋で二人きり…わかっているだろう? それがわからないほど、子供だとは言わせない」
「こ、こういう時だけ大人扱いするの?!」
「ズルいならズルいと言えばいい。だが、手は止めない。男はみな狼だ。普段どんなに優しくともな。覚えておくといい。だが、名前の初めてを貰う以上は…一生大切にすると約束しよう。この命が尽きるまで」

 少しだけ悲しい目をしたイタチに気付かず、名前は今宵優しい狼に襲われた。

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○大人の。

 

「ひどい、私だけ愛してるって…あの言葉は嘘だったの?!」

 名前はわぁ、と膝から泣き崩れた。瞳には大きな涙が溜まり、今にも零れ落ちそうだ。

「オイラはいつだってお前だけを愛してる、本当だ、うん!」

 デイダラが必死に取り繕うも、名前は手で顔を覆って聞く耳を持たずといった様子だ。

「じゃあ、あの女は何なのよ?!」

 そ、それはと言葉に詰まるデイダラ。そんな二人のやり取りを、静かに聞いていたイタチが、読んでいた本を閉じ、盛り上がる名前とデイダラに水を差さないよう控えめな態度で問いた。

「…何をしてるんだ? 名前
「ん? 不倫ごっこ!」

 ニコッと笑って「何か?」と言わんばかりの名前に、イタチは言葉に詰まった。成人を間近に控えた、十八歳の女がする遊びではない。それに付き合う十九歳の男というのも考えものだ。

「デイダラ、名前を汚すな。名前名前だぞ、そんな遊びをするんじゃない」
「ぶー! だって、任務がなくて退屈なんだもん! ゼツについていこうと思ったんだけど、リーダーがゼツ一人で十分だって言うから」
「ならおもちゃはどうだ? いい気分転換になる」
「おもちゃって…私は子供じゃないよ、イタチ」

 名前の柔な頬がぷくっと膨らむ。その頬をつんつんと突付き、イタチは苦笑いを浮かべた。名前は膨らんだ頬を潰されまいと、口元にぐっと力を入れる。少し空気が抜け「ぶっ」と音が鳴った。
 そして名前は「あ!」と声を上げ、ポンと手を叩いた。

「大人のおもちゃで遊べばいいんだ!」
「……」
「げほっ! げほっ!!」

 名前の爆弾発言に、イタチは絶句し、鬼鮫は飲んでいた茶を噴き出した。

「それは…名前、その、意味はわかっているのか?」
「もちろんだよ、私だって”大人”なんだから!」
「いや、お前はまだ未成年だぞ」
「…暁にいて未成年も何も関係ないよーだ」

 愕然とした表情で、名前が大人だったことにショックを隠せないデイダラの肩に、イタチがぽんと手を置いた。

「大人のおもちゃ、そろそろ新しいのが必要だから、買ってこよっと。じゃ、また後でね」

 デイダラ、イタチ、鬼鮫の三人は楽しげな名前の後ろ姿を黙って見送ることしか出来なかった。そんなに使い込んでいるのか、とデイダラはますます落ち込みを見せる。名前と入れ替わりにサソリが入ってきて、そんなデイダラを見て首を傾げた。

「何だ? 随分落ち込んでやがるな、デイダラ」
「…名前が大人のおもちゃを使い込んでんだ…うん…」

 ほぼ放心状態でデイダラが呟く。サソリは「そんなことかよ」と鼻で笑った。

「今さっき、新しいのを買いに行ったぜ…」
「それくらい俺が作ってやるものを。どびきりのやつを、な。ククッ」
「それはそれで嫌だな、うん」
「デイダラ、てめぇわがままだな」

 鬼鮫は茶で濡れてしまった装束をハンカチで拭いながら言う。尤も、茶は殆ど装束が吸ってしまっていて、ハンカチで拭ったところでどうにかなるようなレベルではなかったが。

「それにしても名前さんは本当に意味を知っているのでしょうか?」

 名前は純情で清純なイメージだが、暁に加入した数年前以前のことを誰も知らないし、聞いたこともない。もしかして物凄く経験豊富だったりして…とデイダラが青ざめる。
 サソリは口の端を吊り上げて笑いながら言った。

「そんなに欲求不満なら、俺が相手してやるものを」
「旦那とだけは絶対に許さねぇ、うん」

 それだけは絶対に許さない、とデイダラはサソリを睨みつけた。サソリは何食わぬ顔をしている。

「だがどうする? 一番ハードなやつを買ってきたら」
「…い、嫌だ…」

 想像しただけでここまで落ち込めるものか? という程に肩を落とすデイダラを見て、イタチがふっと笑う。

「まぁ、女性にリードされるのも悪くはないぞ、デイダラ。俺はいつもリードする側だがな」
(…相変わらずいけ好かないヤローだぜ、うん…)

 そして夜、食事の前に名前は帰ってきた。手には黒いビニール袋。あの中に、アレが入っているのかと思うと、名前がどこへ行ったかを知っているメンバーは複雑な心境だ。名前は、熱い茶を飲んでいた角都に駆け寄り、ニコッと笑いながら言い放つ。

「角都~! 大人のおもちゃ買ってきたから、経費で落としてね!」
「ぶっ?!!」

 先ほどの鬼鮫より激しく、茶を噴き出す角都。違うのは、濡れた装束など全く意に介していないところだ。名前を叱り飛ばしながら、ダンッと強くテーブルを叩き立ち上がった。

「大丈夫だって~、なんとかなるって。そんな家計を圧迫するほどのものじゃないから!」
「よく聞け、名前。お前がおもちゃを買うのはお前の勝手だ。だが、経費で落とせとは一体何事だ! それからもう少し慎みをもて、お前からそんな単語は聞きたくもない」

 名前は悲しげな表情を浮かべて、「だって…」と俯いた。

「これなら皆で遊べると思って」
「一体どんなものを買ってきたんだ? 名前
(大人のおもちゃな上、複数で遊ぶのか…?! うん?!)

 名前はデイダラが落ち込んでいることなどつゆ知らず、袋に手を突っ込み中の物を取り出そうとした。慌てて角都が止めに入る。

「待て! ここで出さなくていい。部屋に持っていけ」
「そんなこと言ってももう遅いのでした~、じゃじゃーん!!」

 そう言って名前がかざしたのは、猫のイラストが描かれた箱だった。でかでかと「トランプ」の文字が左上に書かれている。一同はぽかんとそれを眺めることしか出来ない。

「大人のおもちゃって…トランプのことだったのか…」
「やはり何のことなのか、理解してなかったようですね」

 拍子抜けするメンバーをよそに、名前はにこにこと笑いながらトランプを開ける。裏に描かれたファンシーな猫が愛らしいトランプだった。

「何のこと? 皆でいつも七並べとかポーカーとかするでしょ。トランプ、結構ボロボロだったから新しいの買ってきたの。可愛いでしょ、猫ちゃんトランプ」

 角都がため息混じりに言う。

「大人のおもちゃというより、大人の遊び、だな…」

 そして今夜は名前が買ってきた「(名前曰く)大人のおもちゃによる、大人の遊び」が行われるのであった。

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