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「じゃあねー、名前! また明日!」 いつもと同じ店で、いつも一緒にいるクラスメイトといつもの話題で盛り上がり、いつもの場所で別れる。 「はあ、何か変わったこと起こらないかな」 唇を尖らせ、何気なく足元に転がっていた小石を蹴飛ばす。小石は小さな音を立てて転がっていく。そして当たり前の方に動きを止めた。 「行ってみよっかな」 さしてオカルトに興味があるわけではなかったが、退屈しのぎにはなるだろう、と名前は雑木林に向かって歩き出した。 「何かあったりして。ふふ!」 一歩、また一歩と歩みを進める。それなりに人は通っているのか、道のようなものはあった。 「なんか子供の頃を思い出すなあ。こんな何もない林でも、遊びの場にはうってつけだったよね」 誰に言うでもなく呟くと、冒険気分で辺りを見渡す。陽は徐々に傾き始め、辺りに暗闇が広がっていく。だがまだ視界を奪われる程ではない。名前は機嫌よく進んでいった。 (こんな所に石碑…? 何が書いてあるんだろう) 名前は石碑に駆け寄ると、書かれている文字を読もうと試みた。 「ウルド…」 名前の口から、自然とその言葉が溢れる。何故、その名が口をついて出たのかは彼女にもわからない。ただ、ウルドの名を口にしたその瞬間、これから辺りを包むはずの闇とは正反対の光が名前を包んだ。 「きゃ?!」 思わず後ずさり、小石に躓いて尻もちをつく。反射的に目を瞑ったが、ゆっくり開けると光は消えており、辺りは静寂と闇が広がっていた。 「な、なんだったの」 立ち上がりながらスカートに付いた枯れ葉をはたき落とす。 ふと、前方から人の気配を感じた。もう空は大分と暗い。時間的には遅いが、人が通る可能性はまだ十分にある時間だ。挨拶くらいは交わしたほうがいいだろうか。名前はそんなことを考えながら前方に注意を向けて歩みを進める。そして、前方から人の姿を目視すると「えっ」と小さな声をあげた。 「君…こんな時間にどうしたんだい?」 前方から現れたのは、教科書でしか見たことのないような、立派な鎧を身にまとった男だった。腰には剣と思しきものを携えている。今にも沈みそうな夕日は、男の金髪をキラキラと輝かせていた。 一方、男はこんな所に不思議な格好をした若い女がいることに、大層驚いている様子だ。「こんな時間に」という言葉には、若干の怒気が含まれている。 「現在、この周辺はオークの目撃例が出ていて警報が出ているはずだ。こんな時間に武器も持たず、防具も装備せず出歩くなんて、危険すぎる」 男は名前の言葉の意味がわからないといった様子で、整った眉を釣り上げながら言葉を続けた。 「俺はれっきとしたプロンテラ騎士団の騎士だ! 君、これからプロンテラへ帰るところか?」 会話が噛み合わず、男は若干居だ立っている様子だ。 「商店街? とんでもない。今、俺が来た道を行ってもただ林が広がるだけ…そして、これより先はオークの目撃例が出ている地区。君みたいな丸腰の女の子がいていい場所じゃない」 男の制止を無視して、名前は歩き出した。暇つぶしにと入った雑木林だったが、どうやらここは本格的なコスプレイヤーの集まる所らしい。思わぬ収穫だったな、と名前はそれなりの満足感を得た。あそこまで完成度が高く、騎士になりきった男というものが見れたのだ。遠回りをして帰った甲斐があるというものだろう。 しかし…─ 雑木林の規模を考えれば、そろそろ出口に到着してもいいはずだ。それなのにどうしたことか、歩けど歩けど出口が見えてこない。 その時、前方の草木が突然ガサガサ! と大きな音を立て、思わず名前の肩が跳ねた。 「えっ、何あれ?!」 フゥゥと深く息を吐きながら、こちらを凝視する緑の肌をした化け物が立っていた。 「な、な、何あれ何あれ!!」 命の危機に瀕してなお、名前は初めて見る生き物、それも化け物の類の存在に興奮を隠せずにいた。 「はあ、はあ、やばい、息切れてきた…ぜえ、はあ…」 日頃から運動は行っておらず、体を動かすと言えば学校の体育の時間程度の名前は既に息も絶え絶えだ。走る速度を緩めながら、どうしたものかと考えていると、突如ガシリと腕を掴まれた。 (あ、終わった) ギュッと強く目を閉じ、衝撃に備えた。 「君! ライトを消して」 目を開けると、先程の鎧の男が名前の身を守るようにその身を抱きしめていることに気付く。男がもう一度「早く!」と鬼気迫る様子で言うと、名前は慌ててライトをオフにした。 「家はすぐそこだと言ってたじゃないか! …まあ、本当だとは思っていなかったけど」 少し不安そうな名前を、男は安心させたかった。ああ、勿論だ、と。しかし現実は甘くはない。 「一人なら、なんとか。でもオークは群れで行動する種族なんだ。あのオークレディが複数のオークを引き連れている可能性が高い。となると、俺一人では…ここはなんとかやり過ごしたほうが得策かな。それから仲間と合流しよう。大丈夫、そんなに遠くない場所に俺たちのキャンプがあるから」 男が手で名前の口元を覆う。草むらの向こうで、ハァハァという荒い息遣いが聞こえた。 「ふう…」 安堵の息を、名前と男が同時に漏らした。 「ねえ」 名前が男の顔を見上げる。男が視線を落とすと、自分と名前の顔と顔の距離が近いことに気付き、恥ずかしいのだろう、頬を紅潮させてパッと名前の体を離した。 「わ、悪い」 有無を言わさず、ノルンは名前の手を引いて歩き出す。 「おにい…、ノルンさん」 ノルンが怪訝そうに名前を見る。 「ニッポン…? ここはルーンミッドガルドのプロンテラの近くだね。通常オークはゲフェンの森の方にいるんだけど…、最近、モンスターが凶暴化してるから、きっと人間を襲いにプロンテラの近くまで来たんだろう」 それ以降、ノルンが口を開くことはなかった。それに倣ったわけではないが、名前も沈黙を守った。 「あ、ノルンさん!」 一人の少年がノルンに気付き顔を上げる。少年も、ノルンほど立派なものではないが鎧を身にまとっている。優しげな表情で、少し気弱そうな印象を受ける少年だ。 「偵察に行ってかなり時間が経ったので心配していたんですよ! あ…、えっと、その女性は?」 気づけば、少年の後ろに同じく鎧を纏った女が立っている。 「ちょっとあなた! 今、この辺りはオークの目撃例が出ていて、プロンテラ騎士団が調査を行ってること、知らないわけじゃないでしょ? 武器も持たずに丸腰でどうするつもり? もしオークに襲われたらとか考えなかったの?」 突然ノルンに問われた女─名をライナというらしい─は、キョトンとしたあと、首を傾げた。 「ニッポン…? 知らないけど、それがどうしたの?」 全員の視線が名前に集まる。居心地の悪さを感じながら、名前はぽつりぽつりと状況を説明しだした。 「私、学校の帰りに雑木林があって、いつもは通らないんだけど通ってみようと思って入ったの。途中でノルンとすれ違って、でもそういう趣味の人なんだなって思っただけで。もうすぐ日も落ちそうだったから、暗くなる前に雑木林を抜けようと歩いてたんだけど…いくら歩いても出口に到着しなかった。そんなに大きな雑木林ではないんだけど…。それで、スマホのライトで辺りを照らして歩いてたら、そのオークレディとかいうやつに遭遇して」 そう言いながら、名前はポケットのスマートフォンを取り出した。 「あ、そうだ! これで親に連絡すればいいんだった。ちょっと待って」 名前はスマートフォンのロックを解除して、画面を見た。なぜ、今まで電話をするという簡単な解決策を忘れていたのだろうか。 「…駄目、みたい」 説明をしても恐らく理解は無理だろうと思い、名前は「なんでもない」と説明を省いた。 「とりあえずプロンテラまで連れていけばいいでしょうね。そこで騎士団長に相談して、名前を家まで送り届けましょう」 ライナの意見に皆賛同し、ひとまず今日は休むことになった。 何より、何か自分におかしな事が起きている、という事に名前は興奮を隠せずにいた。明日は一体何が起こるのだろうか。きっと、今まで体験したことのない何かが起こるに違いない。 「…ふふ!!」 毛布に顔をうずめ、名前は笑みを零した。 |
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2021.5
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